WEB小説

第29話/全45話

隠れ里

「ここだ。俺は先に降りる。鷲獅子グリフォン頼むぞ」

「承知。では、後ほど」

「おう」


 オーノウスは小高い丘に建てられた古びた教会の前に飛び降りた。

 魔群とはかなり距離を離した為、時間はまだ残されているが、あまり余裕はない。オーノウスは足早に教会へと向かい、勢いよく扉を蹴り開けた。


「来てやったぞ、アリッサ!! 」

「およ? なんで悪ガキがこんなとこにいるですか?」


 鷲獅子グリフォンを最速で飛ばして魔群暴走スタンピードを追い抜き、目的地である隠れ里、パルム・オラティオにある古びた教会にたどり着いたオーノウスを出迎えたのは、緑色のエプロンドレスを着た金髪の少女だった。


「なんでオメェがここにいんだよアルマ――」


***

 教会の聖堂には人が溢れかえっていた。教会は街の規模に比べてかなり大きな建物だが、数十人の町人が避難するには少々手狭だ。


 扉に寄りかかって聖堂の様子を見ていたオーノウスは、軽くため息をついて外に出た。


「あのぅ……」


 険しい顔をして歩くオーノウスを呼び止めるような小さな声がする。

 声のした方に振り向くと、丸く大きな眼鏡をかけた村娘のような少女が、おどおどしながらオーノウスを見上げていた。


「おう、アリッサか。どうした」

「いえ、その……すみません、わざわざ来てもらったのに……」


 申し訳なさそうに謝るアリッサを見て、オーノウスは顔を和らげる。


「俺が勝手にやってることだ。謝ることじゃねぇよ。にしても相変わらずだな、オメェは」


 笑いながらアリッサの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。あわあわと焦る姿は、昔から変わっていない。

 

「外はもうすぐ戦場になる。お前も聖堂の方に戻っとけよ」

「……はい」

「おいおい、しょげた顔すんなよ。俺がいるんだぜ?」


 笑いながら、あやすように俯いたアリッサの頭を軽く叩く。


「そうでしたね。オーノウスさんがいるなら安心ですね! でも、無理、しないでくださいね!」


 笑顔を見せたアリッサはオーノウスの方を何度か振り返りながら、聖堂へと入っていった。


「さて、俺も――」

「ぷふー!! 俺がいるんだぜ? ってかしら、その顔で言う? ぶふふー!!」

「プクク……悪ガキも大人になったですね……プフッ……」

「……」


 アリッサを見送り、踵を返したオーノウスを指差して、カルとアルマが笑っていた。二人の後ろでは、ルミアがいつも通りの無表情で佇んでいる。


「ルミア」

「承知」

「え? あれ? ちょ、ルミアちゃんも笑っ――もがもががが…………が……」

 

 何かを喋ろうとしたカルが鎖に巻かれて沈黙した。ルミアは一度鎖を引き絞ってから、カルを近くの地面に投げ捨てた。

 地面に横たわり、ピクピクと痙攣しているカルを一瞥したオーノウスは、ふとカルが最期に喋ろうとしたことが気になり、ルミアの方を見る。


「ッ……」


 ルミアは視線をそらした。オーノウスは少しだけショックを受けた。


「およ? 鎖ねーさんのはちょっと違う気がするですよ?」

「……!」

「頬が少し赤いですねー。もしかしてうらやま――」


 ニヤニヤと笑いながらルミアを煽っていたアルマが、これでもかと言うほどがっしりと鎖で巻かれる。顔を赤らめたルミアは、鎖で簀巻にされて蓑虫のようになっている物体を振り上げ、躊躇なく地面に叩きつけた。


 轟音と共に鎖が弾ける。

 地面にはピクリとも動かないカルが横たわっていた。


「ニヒヒ~。まだまだ甘いですね、鎖ねーさん」

「な!? いつの間に入れ替わって……!?」


 アルマはオーノウスの隣で、先程と同じく煽るように笑っていた。この道具屋、侮れない。


「この、とんでも道具屋め……!」


 ルミアが腕を振るうと弾けた鎖が元の形に戻り、アルマ目掛けて疾走る。


「おっとー、そうは問屋が二割引きです」


 軽い動作で鎖を躱したアルマは、お尻を突き出して左右に振ってルミアを挑発してから、余裕の表情で逃げ去っていった。


「待てぇ!!」

「キャラ変わってるですよ~」

 

 柄にもなく怒りを顕にしたルミアは、鎖の魔具フーチを振り回しながらアルマを追って消えていった。


 残されたオーノウスは少しの間、アルマ達が消えた方向をぼんやりと見ていたが、目的を思い出して未だ地面に横たわるカルの尻を蹴飛ばす。


 反応がない。これは、もう、駄目かもしれない。

 思いがけず手持ち無沙汰になってしまったオーノウスは、ため息をついてその場にしゃがみ込む。


「随分賑やかだったが、なにかあったのか?」


 落ちていた木の枝を、フードから覗くカルの鼻の穴に刺していた所で声をかけられた。

 アルマと共にこの地に来たラングリーズの騎士、アルバート・ナイセルが上からオーノウスを覗き込んでいる。


「おう、おっさんか。まあ、いつものことだから気にすんな」

「うーん、気にするなと言われても、これは気になります。つんつん」

「姫さんもいたのか。そいつは、もう一個の穴にコレ突っ込んだら生き返るぞ。ほれ」


 アルバートと共にやってきたのであろう、ラングリーズ王女アレクシア・ラングリーズがカルの側にしゃがんでいたので、もう一本の木の枝を渡してやる。鼻の穴に差し込むには少々太めの枝を受け取ったアレクシアは、枝を見つめて息を呑んだ。それでも興味があるようで、小枝が生えたカルの鼻を見つめている。


「こ、こんなの入るかな……?」

「大丈夫大丈夫。躊躇すると危ねぇから、一気にな。ズドンと行け」

「はい! 行きますよ? 良いですか?」

「よかねーよ!! アンタお姫様だろ! 駄目! そういうことしちゃ駄目!」

「チッ……起きたか。残念だったな姫さん」

「そうですね……」

「そこ! 舌打ちしたり残念がったりしない!」


 急に起きてきたカルが、ぎゃあぎゃあと騒ぎだした。ちょっとうざい。


「うるせぇなこいつ。もうちょい寝かしとこう」

「あばばばばば」


 オーノウスが懐から取り出した札を貼り付けると、カルは雷に打たれたように痙攣し、沈黙した。

 アレクシアは再び気を失ったカルに近づいて、少し太めの木の枝を目的の場所に勢い良く突き刺した。


「できました!」

「……容赦ねぇな、姫さん」


 カルの鼻から太さの違う二本の枝が生えている。何かをやりきった顔をしているアレクシアの様子に苦笑いしながら、オーノウスは二人のことを考えていた。


 移動商店『銀の小鳥』に同乗し、流砂を越えてパルム・オラティオにやってきた、ラングリーズの騎士と王女。

 ラングリーズ王国から勇者が少数で旅立ったという情報は得ていた。まさか、王女と近衛騎士団長が同行しているとは思いもしなかったが。

 

 オーノウスは次代の聖女の危機を察知して、即座に動いた。ダルバン部族連合軍を一部でも動かせないかと手を打っていたが、軍がパルム・オラティオを守るように流れる流砂を短時間で越えることは難しいだろうと、半ば諦めていた。

 

 この地に来て、二つの誤算があった。一つは、魔群暴走スタンピードなどという、予想を遥かに上回る危機。

 もう一つは、移動商店『銀の小鳥』とラングリーズの二人の存在。


 少数ならば、銀の小鳥を使うことで流砂を抜けることは簡単だ。差配したのはミハエル・ベルゲングリューンあたりだろうが、良い判断だ。最悪の場合、次代の聖女だけでも逃がす算段は付けられる。


 マイナス一とプラス一で差し引きゼロ、とまでは行かないが幾分希望は見えてきた。銀の小鳥にあるアイテムは有用な上、ラングリーズとファティマという金蔓付きだ。せこいアルマでも、自らの安全も含めて、商品の出し惜しみをする気は無さそうだ。お陰で、教会周辺の結界はかなり強化されている。


「準備はあらかた終りました。次の指示を頂いてもよいでしょうか?」


 そんなことを考えていると、ファティマの聖騎士ティリア・ミルウッドと司教フーナ・オディアールが教会の結界強化を終えて戻ってきた。


「おう、おつかれさん。準備は万端だ。あんま時間ねーけど、飯食って休んでてくれよ」


 律儀に指示を仰ぎにきてくれたが、二人には戦いの際にも働いてもらわねばならない。教会でも上位に位置する聖騎士と司教の戦力は貴重だ。少しでも休ませておきたい。


「では、後ほど。リュース殿も無理はなさらないよう」

「あとでお茶淹れますね~」

「気ぃ遣わなくていーよ。んじゃ、後でな」


 二人はオーノウスに一礼して、聖堂の方へと歩いていった。


「人の使い方が上手いな。少し変わったか、紅蓮ぐれんあぎとは」

「あんま変わってる気はしねぇけどな」

「私の記憶とは随分異なるが……ユン殿はご健勝であられるか?」

「おう、ユンの知り合いか。確かにあの頃と比べりゃ、動き方は変わってっかもな。てか、あいついなくなってから、もう十年以上経つんだが、おっさんいつ頃の話してんだ?」

「……私が若い頃だが。ユン殿はどうされたのだ?」

「知らねーなぁ。ま、死ぬようなタマじゃなし、どっかて温泉でも掘ってんじゃねぇかな」

「それは確かにユン殿らしい」

「だろ。んで、おっさんは何の用だ?」

 

 粗方の準備は終えたので、雑談と洒落込んでもいい気分だったが――何か聞きたいことがあってここに来たであろうことは分かる。


「アリッサという娘だが」

「……ま、そうだろうな」

「本当に彼女が、そうなのか?」

「ああ。じゃなきゃ、こんな窮地に陥ってねぇよ」

「なぜ、教会は――」

「それ以上は、今踏み込むことじゃねぇよ。俺も全部知ってるわけじゃねぇし」

「確かにそうだな」


 問いたいことは分かるが、ここにいる者が答えを知る手段はない。不要なことに気を回している場合でもない。


「守りきれるか?」

「守りきるさ」

「言い切るのだな、君は」

「言い切るさ。あいつには借りがある。借りを返すまでは死ぬわけにも、死なせるわけにも行かねぇよ」

「……そうか。ならば、私も全力を出さねばな」

「助かるぜ」


 日が暮れ始めている。魔群が到達するのは、日が完全に落ちてからだろう。


「次代の聖女がいるのならば、夜明けを共に唄いたいものだな」

「あいつ、歌下手だけどな。でも、そりゃいい」


 空が黄昏れていく様を見て、二人は目を細めて僅かに笑みを浮かべた。


「さて、と。今は休もうぜ。夜明けを唄う、その時の為によ」



 空は朱。誰もいなくなった教会の庭園で、カルの鼻から伸びる小枝だけが、影を伸ばしていた。