WEB小説

第32話/全45話

救いがあると信じて

 教会にある聖堂の中は、異常なほどの静寂に包まれていた。

 パルム・オラティオの村に住む六十名程の住民が、すし詰めの状態で聖堂に集まっている。住民達は声も発さず、ただ一心に祈りを捧げていた。


 明かりを入れる天窓から眩い光が刺し、轟音が鳴り響く。建物が揺れ、ひび割れた壁か小さな破片がパラパラと落ちてくる。

 先程から、激しい音と光が続いていた。外では激しい戦闘が行われているのだろう。

 アリッサは聖堂の扉の前で一人、外の様子が気になってそわそわしていた。オーノウスやティリア達から、ここから出てはいけないと厳命されていた。しかし、先程から続く戦闘音が気になり、皆の様子を見に行きたい気持ちが強まっている。

 住民と扉を交互に見ながら、逡巡していると、ドン、と一際大きな音がなり、建物が揺れた。

 

「ひゃぁっ」


 衝撃に驚いたアリッサが小さく悲鳴を上げる。しかし、聖堂に集まる住民達は微動だにせず、両手を合わせて祈りを捧げていた。

 大人も、老人も、子供ですら、一様に。


 村人達は今までとても良くしてくれたし、今回も自分の呼びかけに応じて一言の文句もなく、この聖堂に集まってくれた。

 今も騒がず、静かに待っている。何を待っているのかは、アリッサには分からないが。


 この村に隠れ住んでから、ずっと違和感を感じていた。

 教会から一緒にこの地へと来た、フーナやティリアは友達のような気安さで接してくれている。村人も優しく接してはくれるが、何か自分を見る目が違うように思えた。


「あのぅ……」


 声をかけると、全員が一斉にアリッサの方へと目を向けた。


「どうされましたか、アリッサ様」


 穏やかな顔をした老人が語りかけてくる。とても落ち着いた、優しい声で。外で鳴り響く戦いの音に対してひどく不釣り合いな声だ。


「そのぅ、怖く、無いですか?」

「怖い、とは?」


 老人は心底わからないといった顔で、アリッサに質問を返した。魔物の大群が押し寄せている。そして、外では自分たちを守るために戦っている者達がいる。

 断続的に続く戦闘音を聞いて、なぜこのように穏やかな顔をしていられるのか、アリッサには理解が出来なかった。


「魔物が押し寄せてきてます。国ですら、飲み込む程の魔物の群れです。勇気ある人達が戦ってくれていますが、もう何時間も激しい戦闘音が続いています。逃げる場所もありません」


 一息で自分達が置かれている状況を説明した。少し呼吸を整えて、再度問を重ねる。


「怖くは、無いのですか?」


 自分は怖い。魔物に殺されるかもしれない。自分達を守る為に、誰かが命を落としてしまうかもしれない。それがとても怖い。

 聖堂に集まる住民達は、アリッサの問いに少し驚いた顔した。そして……すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。


「何を、恐れることがありましょう。この地は、聖女様が作り給うた、聖地でございます。魔物が押し寄せてこようとも、恐れることなどありません。今まで数百年に渡り、この地は平穏を保ってきました。それに――」


今は次代の聖女様がおられる――


 老人の声が聖堂に響く。住民達は老人の声に賛同するように頷いている。そして、いつもの、違和感のある、あの眼差しでアリッサを見つめていた。


「そう、ですか」

「そうです。だから我々は祈りを。神と、貴女に。救いは必ず訪れましょう。故に、何も恐れることはないのです」


 貴女様も同じく救われる、と言葉を残して、穏やかな顔の老人は聖堂の奥にある古びた神像に向けて祈りを再開した。


 神が、助けてくれなかったら、どうする――

 その言葉を、アリッサは飲み込んだ。彼らは、神と……次代の聖女である自分が助けてくれると信じている。


 自分には、そのような奇跡を起こす力は無いというのに。それに――


「辛い時に、助けてくれるのは、神様じゃない」


 誰にも聞こえない程に小さな声で呟き、聖堂の扉……その先で戦う者達を想う。

 神が自分を助けてくれたことはない。そして、助けてくれることも、ないと思っている。聖女の候補としてファラ神教に身を置く今でも、その考えは変わっていない。


 ただ祈るだけで助けてくれるなら、自分がこんな辛い状況に在るはずがない。あの時も。今も。


 だから、自分はあの時に、あの人の手を取ったのだ。ただの運の悪いドジな村娘で在ることを捨てて、違う道を生きると決めたのは、誰かに助けられて、誰かを助けられる自分になりたかったからだ。


 聖堂に集まる村人のように、神に全てを委ねるためでは、決して無い。生きる事を、何かに、誰かに委ねるためでも。


 扉を見る。古いが造りのしっかりした扉は、振動で微かに揺れている。


 誰かに助けてもらえる自分。夢見た、自分だ。でも、それは自分が嫌いな卑怯な自分。

 誰かを助けることができたら、助けられても卑怯ではない気がする。自分でも頭が悪い考えだと思う。


 それでも、自分は――