WEB小説

第34話/全45話

聖女

 数十年に渡って続く、魔族の侵略。未だ人々の領土はぎりぎり守られているが、魔族の攻撃で壊滅した都市や村落は少なくない。


 散発的に続く魔族との戦いで、時折大きな被害を出すことがあった。魔族四天王が介入する戦いにおいて、それは顕著に現れている。


 『悪鬼あっき』ゾロス・アルグレイヴ

 『凶羅きょうら』グロウ・アクラネア

 『艶魔えんま』リスタ・アズラール

 『災禍さいか』ガルン・アハマトマ


 もとより人以上の力を持つ魔物となんとか戦って行けているのは、魔物は組織だった動きをしないからだ。魔族四天王の脅威は、その戦闘能力もさることながら、魔物を組織だって運用することができる指揮能力にあった。

 現に、二人の四天王が現れてからは、暴走していた魔物達は静かになり、二人の指示を待っているように見える。


 力と数で押してくるだけの、暴走した魔物ならば、三層の結界を上手く使えば乗り切ることが出来たかもしれない。正気を取り戻したとしても、魔物の群れが逃げる可能性もあった。

 しかし、指揮をする者が現れれば、そうはならないだろう。魔物は本能的な動きをする生物だが、魔族の指示には命を捨ててでも従う。


「ハッ! まさかまさか、わけのわかんねぇ人間の政治に、魔族様まで絡んでやがったとはな。よほど聖女様が怖いらしいな」


 絶望的な状況だった。四天王の中でも、戦闘能力に秀でたゾロス・アルグレイヴとグロウ・アクラネア。数を減らしたが、未だ周囲を覆う程の魔物の群れ。対抗する戦力は、たったの八人。

 戦闘能力に秀でた者達だが、八人でこれまで各国の英雄や軍、勇者ですら倒すことができなかった四天王を二人も退け、聖女を守ることは不可能だ。


 ここに在るのは、抗うことのできない死。絶望だけだ。


「だせぇだせぇ。小娘一人に世界を震撼させる魔族の四天王様が二人も」


 一縷の望みも無い。子供でも分かる、詰みの状況。浅ましく命乞いをするか、膝を折り顔を伏せて絶望の中で死を待つ以外に道は無い。


「もちっとマシだと思ってたわ、魔族」


 誰もが口を噤む。誰もが目を伏せる。先に進む道はない。


「んで、どうしたいんだよ、あんたらは。カッコつけて登場したわりに、だんまりか? なんか喋れよ」


 故に、男は立つ。口を開く。眼差しは前へ。なぜならば、その男はならず者ローグだから。


「あー、あれだ。用がねぇなら帰ってくんねーか? そこ邪魔なんだよな。俺んち、そっちだから」


 ならず者ローグ。それは、逆境で笑い、道無き道を進む者。そこがどこであろうと、相手が誰であろうと、自らの道を進む。


「虚勢」

――キンッ

「遅ぇ。あと何言ってんのかわかんねぇよ。おしゃべりする時は、もちっとはっきり喋れボケ」

 

 ボソリとした呟きと同時に放たれた銃弾を、右手に持つ曲刀で弾く。その動きに恐れはない。

 周りにいる仲間達も、いつもと変わらないオーノウスの尊大な態度を見て、身体が軽くなるのを感じていた。


「フ……フハハハハハ!! 我らを前にしてその尊大な態度! 死を前にして、恐れぬ胆力。面白い」

「なんで勝手に死ぬことにされてんだよ。あと、あんたらに対して殊勝な態度とったら小遣いでもくれんのか?」

「フフ……然り、然り。我らは敵同士。故に、交わすは言葉では無いな」

「別に敵対する気はねーんだけどな。帰るってんなら、そっちの方が助かるわ」


 圧倒的に力の差があることが分かっている自分を前にいつもの調子を崩さないオーノウスにゾロスは目を丸めていた。今まで自分が対峙した戦士とは違う。


「面白い男だ。名を名乗れ」

「魔族のデケェおっさんに名前聞かれても嬉しかねぇんだがな」

「そう言うな。我は貴様が気に入ったのだ」

「うへぇ。あんたに好かれても何の得もねぇわ」


 オーノウスは心底嫌そうな顔で悪態をつく。しかし、ゾロスがそのいかつい顔に似合わない好奇の目を逸らすことは無かった。


「オーノウス。オーノウス・リュースだ」

「良い名だ。貴様という戦士を我は忘れまい」

「好きにしてくれ。んで、どうすんだ? お互い自己紹介も済んだし、もう帰るか?」

「フッ。笑わせてくれる。このまま帰るわけがあるまい」

「はぁ……まあ、そうだわな」


 ため息を吐きながらも、肩を回して身体をほぐす。戦いは避けては通れない。だが、その前に言っておかなければならないことがあった。

 隣に立つ少女の肩に手を置き、耳元に口を近づける。


「戦いが始まったら、アリッサ連れて銀の小鳥で逃げろ」


 オーノウスの言葉にアルマは目を見開いた。ゾロスに対してあれ程までに尊大な態度を取り、軽口を叩いていた男が今更逃げろなどと。

 文句を言ってやろうかとオーノウスを睨んだが、今まで見たこともない真剣な顔に開きかけた口を閉じた。先程の軽口も、今の言葉も、ならず者ローグとして生きる男の、決して諦めではない、覚悟の表れだった。

 そうする他に、道は――


「私は、逃げません」


 凛とした声が、響いた。その場にいた全員が、四天王や魔物ですら、声をした方向を見た。

 そこには編み込まれた長い金髪を揺らし、純白の聖衣を身に纏った少女が立っていた。


「お前……なんで……」


 少女を見たオーノウスは、あまりの驚きに言葉を詰まらせている。少女はオーノウスに微笑みかける。凛とした雰囲気に似合わない、素朴で可愛らしく、少しだけ困っているような笑顔を。


 少しだけ微笑んだ少女は、笑顔を消して目の前にいる魔族へと視線を向ける。


「世界の天秤を傾ける、魔なる者よ」


 その声は人でありながら、人にあらざる神聖さを帯びていた。耳ではなく、心に直接響く、透き通った声。


「退きなさい。貴方達もまた、ファラ神の慈愛の中にある。共に生きる者として、私は貴方達も許しましょう」


 その目は、何も見ていないようで、全てを見透かす光を湛えていた。叱っているような、それでいて愛しているような眼差し。ゾロスはその眼差しと少女の言葉に怒りを顕にする。


「人ごときがファラを語るか。我らは許しなど求めてはいない」

「人も誰も、神を語ることが許されています。貴方は貴方の神を語ると良いでしょう。故に、この世に争いは必要ないのです。それでも争いを望むというのならば――」


 息が詰まる程の殺気と共に放たれたゾロスの言葉にも動じず、少女は言葉を続けた。


「望むならば、どうするというのだ?」

「戦いの先に、救いを。争いを終わらせるために、唄いましょう。救いの唄を」


 闇夜の空に光が差す。夜明けの光ではない、神聖な光。光に照らされた者達は、悟った。


 ここに在るのは、次代の聖女ではないことを。


「聖女エル・ファティマの名において、すべての者に救いを」