第8話

 大地を割るような轟音に目を覚ます。身体中が痛み、左腕からは血が流れていた。


 自分がなぜこんな状態なのか、思い出すのに少しだけ時間がかかる。


「そうだ、伽奈美ちゃんは!?」


 状況を思い出して辺りを見回すと、血まみれの少女が首のない騎士の攻撃を必死に避けていた。


「な、なんだよ、あれ…?」


 腕を振るうたびに風を切る轟音が響く。当たればただではすまないだろう。

 後ろに立つぼろ布をまとった男は、時折遊ぶようにして魔力の刃を飛ばしては伽奈美に傷をつけている。


「た、助けないと…!」


 立ち上がろうとして手をつくと同時に、首のない騎士が地面地に拳を振り下ろした。大地は揺れ、爆砕した地面はつぶてとなって周囲を蹂躙じゅうりんしている。……あんなのを喰らえば、ひとたまりもない。


 どうにかして、ここから逃げなければ。そうしなければ、確実に死ぬ。


 半ばパニックになりながら、立つことも忘れて犬のように地を這って逃げようともがいていると、手に堅い何かが当たる。

 ゴルダが担いでいた斧槍、ハルバードがそこにあった。


 ハルバードの先では首だけになったゴルダがこちらをじっと見ている。


 青い瞳は、伽奈美を置いて逃げようとした、俊彦を非難しているように見えた。少女を傷つける自らの身体が許せないと怒っているようで……そして、自分の代わりに闘えと言っていた。


「………まだ、や」


 声の方を見ると、槍を杖のようにして立ち上がる少女がいた。

 全身はボロボロで、右手はだらりと垂れ下がっている。息が荒く、膝は震えていて今にも倒れそうだった。それでも敵を見る目は力強く、生きることを諦めていない。


 ハルバードを握りしめて立ち上がる。そこからは、何も考えなかった。

 伽奈美に拳を振り下ろそうとしているゴルダの身体に向かって駆ける。


「うわあああああああああああ!!!」


 振り上げたハルバードを力の限り振り下ろした。勢いのついた斧槍の斬撃は肩口からゴルダの身体の右半身を斬り飛ばし、地面へと突き刺さる。


 ハルバードを強引に引き抜き、止めを刺そうと身体をひねる。俊彦の攻撃に合わせるようにして残った左腕が迫る。

 左腕を斬り飛ばすつもりでハルバードを振るうが、力が乗り切る前にハルバードの柄にゴルダの豪腕が突き刺ささる。


 振り抜かれた豪腕に巻かれてハルバードは折れ曲がり、俊彦は伽奈美と共に数メートル弾き飛ばされた。


「なんで……逃げへんかったんや……あほぅ……」


 すでに立つこともできなくなった伽奈美が後ろでへたり込んでいる。俊彦は体勢を立て直すために手をつき、敵を見据えた。


「これからというところで邪魔をされましたね。取るに足りない存在かと思っていましたが、なかなかどうして。そちらのお嬢さんと一緒に私の死兵に加えて差し上げましょう」


 斬り飛ばしたはずの右腕が再生したゴルダの身体と、ぼろ布をまとった男が近づいてくる。


――武器だ、あれを倒すには武器がいる


 ハルバードは折れ曲がり、使い物にならない。武器を求めて周囲を見渡すと、数歩先に伽奈美が取り落とした十文字槍が突き立っていた。

 立ち上がり、槍を手に取る。


――違う、これじゃない


 なぜか、この武器は自分の武器ではないと分かった。


 右腕が熱い。そうだ、武器はすでに持っている。勇者としての力が身体から溢れてくるのがわかる。

 右腕が熱い。身体を駆け巡る力が、伽奈美を守れと、敵を倒せと叫んでいる。


「こい!!」


 腕を振り上げ、叫ぶ。呼びかけに応えるように、自らの手に武器が顕現していく。


「神器の……顕現……!」


 伽奈美がつぶやく。俊彦の手に握られているのは白く輝く美しい剣。上段に振り上げられた剣は周囲の大気を巻き込むようにして光を集め輝いている。


――そうだ、これがオレの武器だ。


 自らが振るうために顕現した神器。これならば、敵を斬ることができる。勇者としての力を存分に振るうことができる。敵を見据え、剣を持つ手に力を込めると、俊彦の手に握られた聖剣は輝きを増した。


「こ、これは……」


 ガルンがつぶやく焦りの声をかき消すように、俊彦は聖剣を振り下ろす。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


 振り下ろされた聖剣から放たれたのは光の奔流。周囲のすべてを巻き込み、飲み込んでいく。


 瞬きをする間もなく、首の無いゴルダの身体とガルン・アハマトマは光の奔流に飲まれ、消えた。


「ハァハァ……」

 聖剣の一撃を放った俊彦は、膝をついた。自分の中の全てが光となって放たれたような感覚に気を失いそうになる。


 顔をあげると、そこには何もなかった。光が通った後は大地も、壁も、全てが消し飛んでいた。

 これならば、あのぼろ布の男も生きてはいないだろう。


「勝った……のか」


 伽奈美の安否が気になり、立ち上がろうとすると目の前に小さな黒い点が現れた。

 黒い点はみるみる大きくなり……黒いぼろ布をまとった男の形になった。


「いやはや、流石に驚きましたねぇ。まさか、闇の結界を剥がされた上に、一度死ぬことになるとは」


 何事もなかったかのようにその場に佇むガルンを前に、俊彦は声を出すこともできなかった。


「聖剣の勇者ですか。噂ではラングリーズから出奔したと聞いていたのですが……この力は危険ですね。流石に遊びで終わらすわけにはいかない」


 ガルンの手に黒い光が集まる。先程まで戦いで放っていた紫紺色の魔力よりも、禍々しく、抗えない死を感じさせた。


「ここで確実に命を断っておきましょう。それでは、さようなら」

「サヨナラするのはお前の方だぜ、ガルン・アハマトマ」


 黒い光が放たれようとした瞬間、赤い閃光がガルンを斬り裂く。


「……『韋駄天いだてん』がラングリーズにいるとは誤算ですねぇ。しかし、一足遅かった……残念ですが、そちらの少年とはお別れのようです」


 韋駄天と呼ばれた男に斬り裂かれながらも、ガルンは俊彦に向けて黒い光を放っていた。聖剣の光と対極をなすような黒い光は周囲の光を飲み込みながら俊彦へと迫る。


「俊彦君とは、まだ出会ったばかりなんだ。お別れするには少し早すぎるね」


 突然、俊彦の前に現れた神田が槍を振るうと、何の抵抗もなく黒い光はかき消えた。


「神槍の勇者、ユウマ・カンダですか。これは少々遊びに時間をかけすぎましたかねぇ」

「ま、遊びも過ぎると叱られるってこった。悪いが、ここで死んでもらうぜ、ガルン」

「闇の結界が無い状態で韋駄天と神槍の勇者を相手にするほど、愚かではありませんよ」


 そう言うと、ぼろ布に覆われたガルンの闇が大きく広がる。広がった闇は徐々に小さくなり、やがて消えた。


「逃げたか。ま、深追いするのもあぶねーな。んで、そっちの兄ちゃんは大丈夫か?」


 韋駄天と呼ばれた男が頭を掻きながらこちらへと歩いてくる。俊彦は敵が消えたことで膝から力が抜け、倒れそうになった。


「よく頑張った。ゆっくり休むといい」


 身体を支える神田の優しい声に安心して、俊彦は意識を手放した。