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第35話/全45話

救いの唄は届かない

天上から光が差す。大きさの違う線状の光は、それぞれが様々な音を発しながら地上を照らしていた。

 幾重にも重なる線状の光が戦場を包む。光と共に奏でられる音はまるで――


「……救いの唄ベルカント


 降り注ぐ音と光は、全てを許し、救う暖かさに満ちた唄だ。聖女の奏でる救いの唄ベルカント。奇跡を起こす聖女の唄。


 光に包まれた者達の戦意が、消えていく――人も魔族も魔物も。


 ただ降り注ぐ光と唄に身を委ね、目を細めて天から降りる光を、聖女の神々しい姿を見つめていた。


 そんな中、二人の男は合わせた視線を解くこと無く、睨み合っていた。


「興が削がれたな」

「だからって、帰るわけじゃねーんだろ?」

「無論」


 聖女の唄が響く中、ゾロス・アルグレイヴとオーノウス・リュースは戦いが終わっていないことを確認するように、軽い言葉を交わした。


 アリッサとアルマを逃したら、機を見て戦っている者達と共に逃げる道を探そうと思っていたが、今はそれもどうでも良くなっていた。


 少しだけ振り返り、聖女ととして唄うアリッサの顔を見る。


「気に食わねぇな」


 手に持つ曲刀をくるくると回して肩の上に乗せる。魔族まで動員してまで……いや、聖女としての力を継承している以上、魔族を使う他無かったというところか。

 そこまでして、アリッサを排除しようとしている教会組織に対して苛ついた。

 ただでさえ、魔王の侵略で荒れている状況で、訳のわからない政治で各国を動かしたことも、気の弱い村娘に、あのような顔で唄わなければならない状況を作り出したことも。


 その企みをした者達の思惑を潰してやらなければ、この苛立ちは消えそうにない。


 オーノウスは、肩に乗せた曲刀を政治の駒に成り下がった魔族に向け、口の端を釣り上げた。それを受けたゾロスは少しだけ笑い、目を閉じた。そして―――


おおおおおおおおおおおお―――


 耳をつんざく雄叫びを上げた。雄叫びと共に放たれた闘気が、アリッサの、聖女の唄と光をかき消していく。


「そうだ。そうこなくちゃ、張り合いがねぇ!!」

 

 悪夢のような雄叫びを前に、身体を硬直させていた者達を置いて、オーノウスの剣とゾロスの巨大な拳がぶつかり合った。

 衝撃が走る。聖女の唄によって降臨した光は完全に弾け飛んでいた。


 光が消え、再び闇に包まれた戦場に風が吹き始める。風は不自然に魔物達の下へ集まっていく。

 

風王の暴威レイズ・ディストラクション! やった! 大当たり!!」


 突然の戦いの再開に、いち早く反応したのはアレクシアだった。温存していた大魔術召喚によって、魔物の群れに、触れる者を切り刻む颶風が吹き荒れた。数を減らしていた魔物の多くが颶風に切り刻まれながら吹き飛ばされて姿を消していく。


 アレクシアの放った魔術を皮切りに、動きを止めていた者達が動き始めた。


「……面倒」


 ゾロスとは違い、成り行きで戦いが終わるならそれもでも良いと考えていたグロウ・アクラネアは、気だるそうに半目を開き、両手に持つ銃の引き金を引いた。


 一度に十の光が瞬く。狙いは聖女に定められている。


「下がって」


 聖騎士ティリア・ミルウッドが巨大な盾を手に、アリッサの前に立ちはだかる。放たれた十の弾丸はティリアの持つ大盾を抜くことが出来ずに弾かれる。

 それを見留たグロウは片方の銃を腰に差して弾倉を開き、聖騎士の防御を貫く為の弾丸を補充する。


「……終わり」

「そうは問屋が三割引き、だっけ?」


 グロウの背後からぬるりと現れた黒衣にフードを被った男、カル・スヴェンが死角から斬りつけた。しかし、紙一重で斬撃を避けたグロウの銃口がカルへと向けられる。


「おわわ! 割り引きすぎた!?」

「……世話の焼ける」

 

 グロウが引き金を引くよりも先に、巫術師ルミア・エルディットの放った魔具、フーチの鎖がグロウを絡め取る。


「戦場を分けます。後、任せました」


 アリッサの前に立ち、盾を構えるティリアに声をかけ、ルミアは力の限り鎖を振るってグロウを投げ飛ばした。


「任された」


 投げ飛ばしたグロウを追って走り行くルミアとカルを見送りながら、ティリアは大盾と槍を構えて腰を落とし、槍を構える。聖女を護るのは聖騎士の務め。この先には何者も通さない。たとえ、聖女の唄すらかき消す魔族であろうとも。


「良い構えだ。マイセン卿の指導の賜物といったところか。これならば、後ろは安心して任せておける」


 中年の騎士がティリアの横を走り抜けながら声をかけた。突然、尊敬する騎士団長の名を言われて焦ったが、彼の騎士の名は団長の昔話に度々登場していた、と思い至る。


 聖騎士が束になってかかっても、傷つけることが難しい白鷲聖騎士団の団長レスター・マイセンをして、戦場で出会いたくない戦士の一人と言わしめた騎士。

 前時代の英雄。ラングリーズ王国の剣鬼アルバート・ナイセル。

 ラングリーズが勇者を召喚してからは名を聞かなくなったが、先の戦いでは前線で連携の穴を埋める熟達した動きを見せていた。レスターの話程の苛烈さは見られなかったが、万全であれば戦力としては申し分ない。


 そう、万全であれば――


 先程、魔族の銃弾に撃ち抜かれた傷は、浅くは無かった。ファティマの司教であるフーナが回復の魔術を施していたが、これ程の短時間で治癒できる傷では無い。

 オーノウスとゾロスの戦いに切り込んでいくアルバートを見て、脳裏に不安がよぎる。

 

「私達にできるのは、僅かばかりの支援と彼らの勝利を信じることだけです」


 ティリアの不安を見透かしたように、アリッサが落ち着いた様子で声をかけ、手に持つ聖杖を高く掲げた。


「戦神アーガイアよ、戦場に立つ者に勇気を。守護神エメイアよ、闇を阻む盾を。慈愛の神ファラよ、救いを求める者にその祝福を」


 掲げた聖杖が輝き、戦っている仲間達が光に包まれた。


「聖女の祝福ブレス……。これ程とは」


 仲間達を包む光は、三柱の神の加護を付与する聖女の祝福ブレスの光。

 戦神アーガイアの加護によって身体能力が向上し、守護神エメイアの光は戦う者を護る盾となった。そして、慈愛の神ファラの加護は疲労を軽減し、癒やしの力を増幅する。


 神官が唱える祝福ブレスは、一つの加護で上位の支援魔術を凌駕する効果を発揮する。ファラ神教でも扱える者は少ない。その加護を一度に三つ。聖女の力は奇跡を起こす唄だけではない。


 僅かばかりの支援など、殊勝な事を言う。そう思い声をかけようと振り返ったティリアは、何かを耐えるようなアリッサの顔を見て、言葉を飲み込んだ。


「……戦いの先に、救いがあらんことを」


 戦いを止める力も、仲間を勝利に導くだけの力も無い聖女は、命を削って戦う者達をただ見守るしか無かった。