WEB小説

第37話/全45話

勝ち目はない

「人の身で、よくぞここまで耐えた」


 二メートルを超える巨大な魔族の男、ゾロス・アルグレイヴは、血濡れで膝をつく赤髪のならず者ローグ、オーノウス・リュースを見下ろしていた。


「ハッ……もう、勝った気……か?」


 オーノウスは全身に傷を負い、膝をついている。両の手に持つ剣は半ばから折れ、これ以上戦うことは不可能に見えた。それでも、ゾロスに向けて挑発的な言葉を吐き、不敵に笑う。


「不敵……殺すのが惜しくなる」

「……今なら、見逃してやっても……いいぜ」


 強気なことを言っているが、既に戦う力はないことは明白だ。ゾロスは戦いの終わりを惜しむように、オーノウスの後ろで倒れている男を見る。


 あの騎士もまた、強かった。


 聖女の支援があったとはいえ、たった二人の戦士を相手にこれ程苦戦するとは思わなかった。二人が万全であれば、今地に伏していたのは自分だったかも知れない。


 騎士の男はゾロスと対峙した時には、既に死にかけていた。死の領域へと踏み込み、無理やりに身体を動かしていたのだろう。

 

 死の領域に踏み込んだ戦士は、周りの敵を殺し尽くすか、完膚なきまでに身体を破壊しない限り止まることはない。


 動きを止めた騎士の身体は、かろうじて人として判別できるが、誰が見ても死んでいることは明らかだった。

 たとえ聖女の奇跡であっても、彼の騎士を蘇生させることはできないだろう。


「これもまた、戦いに生きる者の定めか。再戦叶わぬは無念だが……」


 拳を握りしめ、腕を振り上げる。

 素晴らしい戦いを与えてくれた戦士に敬意を表し、最高の一撃でこの戦いを終わらせよう。


 振り上げた腕は血管が浮き上がり、極限まで膨れ上がり、黒い闘気が吹き出していた。

 あまりにも禍々しく、強大な力の流れに戦場が止まった。

 

 戦場を縱橫に駆けて魔物と戦っていたアルマは足を止め、構えていたナイフを下ろした。

 聖女を護る為に結界の外で魔物を押しとどめていたティリアは、手に持つ大盾を取り落とした。


 そして、オーノウスは鼻で笑い、目を閉じた。

 

「終わりだ」


 ゾロスの低い声と共に、極限まで高められた力が拳に集束する。

 そして、全てを終わらせる一撃が放たれる。


「どうやら間に合ったようだ」


 必殺の一撃を放ったはずのゾロスは、手応えがないことを不思議に思った。地を穿ち、全てを吹き飛ばすはずの自らの拳はなぜ。

 疑問に答えを求めて、自らの右腕を見る。


「ああ、すまんな。首を落としては止められまいと、先にそちらを頂いた」


 ゾロスの右腕は肘から先が消失していた。鮮やかな傷口からは勢いよく血が吹き出している。事態を把握したゾロスは、右腕を失ったことに慌てる様子もなく、声がした方へ身体を向けた。


「何者だ」


 一人の若い男が立っていた。先程までこんな男はここには居なかったはずだ。


「つれないことを言う。再戦がしたかったのだろう?」


 この若い男が何を言っているのか、ゾロスには理解できなかった。だが、闘気を集束した自分の……魔神の腕を切り落としたのはこの男に違いないだろう。

 であれば、油断できない相手だ。何者かはわからないが、ここにいる誰よりも剣に秀でた者。片腕で相手をするには厳しい相手だろう。


 目の前に立つ若い騎士を警戒しつつ、ゾロスは左手を右腕に当てて力を込める。

 吹き出していた血が止まり、黒い闘気が渦巻きながら切断された右腕に集まり、形を作っていく。

 

「魔族とは便利なものだな。私も同じような作りなら、無理をせずともよかったのだが」

「人も、魔術で似たようなことができるであろう」

「欠損した四肢を再生できるような魔術を使える者はそうそうおらんよ」

「そうか。不便だな」


 ゾロスは軽く右腕を振るって闘気を払う。そこには斬り飛ばされたはずの右腕があった。

 手を開閉して再生した右腕の調子を確かめる。


「問題ないな」

「とんだ再生能力だな。先程までの戦いの傷も、すでに消えているか」


 若い騎士が言うように、オーノウスとアルバートによって付けられた傷は、その殆どが癒えていた。

 魔族は総じて自己治癒能力が高い。中でもゾロスの自己治癒能力は群を抜いている。


 体力までは回復していないが、戦いに支障のある傷は癒えた。構えを取り、男に戦いの準備が整ったことを伝える。

 

「わざわざ待ってもらってすまないな。名を聞こう、若い騎士よ」

「待ったつもりはないのだがな。そういえば、名を伝えてはいなかったか」


 応じるように、若い騎士も剣を構える。


「ラングリーズ王国騎士、アルバート・ナイセルだ。覚悟せよ、悪鬼」