WEB小説

第38話/全45話

剣鬼

「なにが……どうなってんだ……?」


 目の前で悪鬼と対峙している若い騎士は、自らをラングリーズの騎士アルバート・ナイセルだと名乗った。共に戦っていたアルバートとは年齢が違いすぎる。


 なにより、アルバートはゾロスとの死闘で命を落としている。現に、そこに血まみれの死体が――


「蘇生……? アリッサが……いや、無理だな。あるとしたら、アルマの魔道具……か?」

「アルマはなんもしてないですよ」

「わけが……わかんねー」

「なんとなく想像つくですが、それは後ですね。一旦下るですよ、悪ガキ」

「ちょ、痛ぇ! 引きずんな!!」

「この程度の痛みで喚くなんて、悪ガキはやっぱ子供ですね~。よいしょうーです」


 魔術を使ったのか、魔道具を使用したのかは分からないが、アルマが掛け声をかけるとオーノウスの身体が宙に浮かんだ。


「ちょ、おま、やめ――」

「怪我人は病院送りですよー」

「ぬああーーーー覚えてやがれ―――」


 宙に浮いたオーノウスは何らかの力によって、アリッサ達がいる結界の方へ勢い良く放り投げられた。三下臭い捨て台詞を吐きながら飛んでいくオーノウスを見送りながら、結界内に受け止める人がいないことに気付いたアルマは、見ないことにして対峙している二人に目を向けた。


「アルマ殿、君も下がった方がいい」

「他人の戦いに巻き込まれて怪我するようなヘマはしないです。気にせずどーぞですよ」

「そうか。ならば、その言葉に甘えるとしよう。待たせて悪かったな、悪鬼よ」


 後方で何かが潰れたような音とうめき声が聞こえた気がしたが、アルマはそれを気にすること無く剣を構えるアルバートと構えを取るゾロスを見つめていた。


「……無茶をする人は嫌いですよ」


 アルマの呟きは、再開された戦いの音にかき消された。


 若い騎士が振るう剣と、黒い闘気を纏ったゾロスの拳がぶつかり合い、派手な音を立てる。

 巨体に似合わない速さで拳を繰り出すゾロスに対して、若い騎士も少し細身の体躯に似合わない力強さで応じる。若い騎士が剣を振るえばゾロスが拳で受け、ゾロスが巨大な拳を繰り出せば若い騎士が素手で殴りつけてその軌道を逸らす。

 

 両者ともに、その場から一歩も動かず激しく打ち合っている。早く激しい戦闘に、周囲を埋める魔物達すら一歩も動けずにいた。


 剣と拳がぶつかり合う音が響く。互いに相手の攻撃を弾き、受け流す。紙一重で致命傷を避けながら、一進一退の攻防を続けていた。


 永遠に続くかと思われた打ち合いは不意に終わりを告げた。

 ゾロスが放つ拳撃の威力を殺しきれなかった若い騎士の剣が横に流れ、僅かに身体が開く。


「勝機!!」


 一瞬の隙をに勝機を見たゾロスは、必殺の一撃を放とうと拳を大きく振りかぶった。


「笑止!!」


 若い騎士はその動きを待っていたとばかりに、横に流れた剣を手放して腰にさした剣を引き抜き、無防備なゾロスの身体を斬り上げる。


「…!」

「無駄!!」


 しかし、若い騎士が放った剣はゾロスの身体を微かに傷つけただけで、逆に大きな隙を晒してしまう。その隙をゾロスが見逃すはずもなく、若い騎士の身体にゾロスの拳が突き刺さった。


 若い騎士の身体が宙に舞う。

 

 聖女の加護も受けていない人間では、ゾロスの拳は耐えきれないだろう。

 だが、若い騎士は空中でくるりと回転して何事も無かったように地面に着地した。


「自ら飛んで勢いを殺したか。先程の剣技も今の動きも、若さに似合わぬ見事な体術だ」

「貴殿こそ、見た目通りの頑強な肉体、恐れ入った」


 若い騎士が付けた傷は浅く、既に血が止まり、ふさがりかけていた。


「どうやら、この剣は軽すぎるようだな。余程の隙をつかない限りは、致命傷を与えることは難しいか」

「生まれつき頑丈にできている故。その背中の剣ならば、我を両断することもできるのではないか?」


 ゾロスは若い騎士が背負う大剣を指差す。


「これか。これはなぁ……」


 渋い顔をして身の丈程もある大剣の柄を撫でながら、若い騎士は何かを迷っているようだった。


「飾りでは在るまい。貴殿程の戦士が扱えぬ武器を持つことは無かろう」

「まあ、扱えん訳ではない。扱えん訳ではないが……」


 若い騎士は大剣の柄を片手で握り、ゾロスから視線を外して下を向いてしまった。


「なぜ躊躇する。折角の闘争だ……全てを懸けて楽しもうではないか!」

「ああ、そうだな。時間も少ないことだ。久しぶりに、使うとしよう」


 頭を下げた若い騎士は、腰を曲げてお辞儀をするような姿勢になっている。


「アルマ殿、ティリア殿を連れて結界まで退がられよ」

「……わかったです」


 顔を上げず、更に姿勢を下げた若い騎士の言葉に異様な迫力を感じたアルマは、素直に言葉に従ってティリアを連れて後方へと退いた。


「やる気になったようだな。楽しみだぞ、若き騎士よ!!」

「ああ、そうだな。すぐに死んでくれるなよ、悪鬼。これを使うと――」


 身をかがめた状態で大剣の柄を両手で握る。若い騎士が放つ剣気が異常に膨れ上がる。


「斬るのが楽しくなってしまうのでなぁっ!!」


 身をかがめて極限まで力を溜めた騎士はその力を一気に放出して砲弾のように突撃し、その勢いのまま巨大な剣を振るった。

 

「ぬぅぅぉーーーー!!」


 騎士が振るった大剣の一撃は防御したゾロスの左腕を切断し、その身体に深い傷を刻みながら、周囲の魔物をも巻き込んで吹き飛ばした。


「……」


 大剣を振り抜いた騎士が顔を上げる。その目は血走り、口元は狂気を含んだように歪に釣り上がっていた。

 騎士はそのまま声も上げずに魔物の群れへと突き進み、止まることなく剣を振るう。一振りごとに魔物が吹き飛び、血が撒き散らされる。


 剣鬼けんき――


 返り血で身体を赤く染め、目を血走らせて愉悦の表情を見せる騎士を見て、誰かがそう呟いた。