WEB小説

第40話/全70話

一つの終わり

 悪鬼ゾロス・アルグレイヴと剣鬼アルバート・ナイセルの戦いは佳境を迎えていた。


 現在は、打ち合いを止めて互いに距離を取っている。


 激しい打ち合いによって双方ともに傷つき、消耗しきっていた。


 ゾロスの再生能力は枯渇し、数えるのも億劫になるほどに身体中余すこと無く傷ついていた。それでも、アルバートを見据える瞳は闘志に燃えている。

 同じくアルバートも限界が近づいていた。腰に差していた四本の剣はすべてへし折れ、残るのは黒い大剣のみ。さらに、無理な召喚によって手に入れた姿は、時間と共にその力を失い始めていた。


 召喚された過去の自分が、現在の自分に追いつき始めている。大剣を振るう力は除々に弱まり、既に片手で振り回すことが出来ないほどに、力を失っていた。

 今の状態では、再生能力の限界を迎えているとはいえ、鋼のようなゾロスの身体を斬り裂く攻撃を何度も放つことは出来ないだろう。


 次の攻撃が最期になる。


 アルバートは大剣を一度だけ素振りして身体をほぐし、腰を落として下段に構えを取った。

 ゾロスも右の拳に残った全ての闘気を集めて腰だめに構え、それに応じた。


 アルバートが剣気を研ぎ澄ましていく。最期の攻撃。これまでの人生を詰め込んだ、最高の一撃を。


 様々な想いや記憶が去来する。

 幼馴染と共に、初めて剣を取った日の気持ち。仕えるべき主を見つけた幸福。数多の英雄達と命をかけて戦った戦場。

 

 その一つ一つを剣に乗せ、思考を白く塗り替えていく。やがて、思考が白く染まり身体が剣と一体となる感覚に包まれる。


――生きて帰らなかったら許さないからね、アルバート


 主の顔が浮かぶ。守れない約束も、悔恨の念も、併せて剣に乗せ、研ぎ澄ます。やがて黒い大剣は白銀色の剣気に包まれ、その刀身を輝かせていた。


 対峙するゾロスの闘気も、アルバートと同じく研ぎ澄まされていた。半身を引いて構える右の拳には美しさすら感じる純粋な闘気が黒い輝きを放っている。


 極限まで高められた闘気と剣気。二人の鬼は互いに示し合わせたように同時に踏み込んだ。



「見事」


 勝負は一瞬で決まった。

 二の腕から切断されたゾロスの腕が、黒い光と血を撒き散らして宙を舞う。アルバートは斬り上げた剣を返して大上段に大剣を構えている。


 研ぎ澄まされた白銀色の剣気が天を衝く。その光景は勇者が放つ聖剣の光によく似ていた。


「トシにも見せてやりたかったな」


 ラングリーズ王国の騎士アルバート・ナイセルの人生を込めた、最期の一振り。剣鬼は最後に剣を教え、共に旅した勇者の顔を思い浮かべていた。


 他の勇者と違って世界の事を知らず、無知で頼りない少年だった。だが、純粋で芯の強い男でもあった。自分の教えを吸収し、成長していく姿を見るのは、今までの人生に無い温もりをアルバートに与えてくれた。



 自分の最高の剣を見せてやりたかった――いや、見てほしかった。


 剣の弟子であり、共に旅をする仲間であり、我が子のように想った勇者に、自分の剣が到達した場所を。


 アルバートが大剣を握る手に力を込めると、輝く光が集束して研ぎ澄まされる。


「願わくば、この想いと光が勇者の道を照らさんことを。さらばだ、トシヒコ」


 アルバートはその想いも剣に乗せ、聖剣が如く輝く大剣を振り下ろした。



***


 聖剣に似た白銀の光が消えた空に、新たな光源が宿る。

 アレクシアが行使した召喚魔法によって現れた、闇夜を照らす巨大な紋章。


 丸い円形の陣に複雑な呪文が巡り、中央に輝くのは蛇使いアスクレピオスの紋。


「……面倒」


 光る空を見上げて小さく呟いた魔族四天王の一角、グロウ・アクラネアは自分にまとわりつく三人の人間を無視してゾロスの元へと走った。


 少し、手を抜きすぎたかも知れない。


 その気になれば、自分が相手をしていた三人を出し抜いて動くこともできた。

 それなりに戦力を削れば四天王筆頭のゾロスがどうにかするだろうという安易な考えもあり、楽をしようと手を抜いていたのが不味かった。まさか、魔族と人間の戦いで、天秤の降臨が成されるとは。


「……どういうこと?」


 ゾロス達が戦っていた場所にたどり着いたグロウは、その光景に目を見開いた。


 地面は無事な場所が無い程に砕け、抉れている。無数にいた魔群の魔物も数える程しか残っておらず、まるで天変地異が過ぎ去った跡のようだった。


 グロウは荒れ果てた戦場の中心に目を向ける。

 そこには、全身から血を流し、片腕を失ったゾロスが佇んでいた。


 自分が知る中では魔王に継いで戦闘能力が高く、殺しても死なないと思っていた者の一人である『悪鬼』ゾロス・アルグレイヴ。ただの人間などで太刀打ちできる相手ではない。何がどうなればこのような事態になるのか、想像もつかなかった。


「なにが、あった?」


 ゾロスは寂しそうな瞳で大地に転がる黒い大剣を見つめていた。大剣は時間と共に少しずつ崩れているようで、その一部は既に砂のようになっている。


「……我の、負けだ」


 黒い大剣が砂になるのを見つめながら、ゾロスはそう呟いて目を閉じた。


「……そう。それは残念だった。それで、どうする?」


 グロウがこれからの行動をどうするか尋ねる。ゾロスは目を閉じたまま動く気配はない。


「天秤だ。紋は蛇使いアスクレピオス。アラドとグラドがくる」


 動こうとしないゾロスに、更に情報を伝える。グロウから伝えられた名を聞いたゾロスが薄く目を開いた。


「他の天秤ならともかく、蛇使いアスクレピオスは面倒」


 沈黙を守るゾロスに、自分の考えを告げる。このままここに留まれば、今以上の面倒が待っている。できれば、天秤との戦闘は避けたいとグロウは考えていた。


 ゾロスも、現在の消耗しきった状態で戦闘を続ける気は無かった。


「この戦い、我らの負けだ。責は我が負おう。撤退だ」


 号令と共に、魔物達が退いていった。グロウは空に輝く天秤の紋を一瞥して、魔物に紛れてその場から退いた。


「やはり、侮れん。この敗北は後に響く」


 もう一度、その殆どが砂と化した大剣を見る。

 目的であった聖女の討伐もできず、大半の魔物を失った。魔族の四天王が二人いて、この様だ。


 人間の強さを再確認したゾロスは、天秤の降臨を待たずにその場を後にした。