WEB小説

第41話/全70話

もう一つの戦い

「状況は?」

「まだ連絡が来ないですね。そろそろ部隊の損耗が看過できない状況なのですが……」


 蒼華騎士団そうかきしだん、フィアンマ近衛騎士団を加えたダルバン部族連合軍は、多数に別れて進軍してくるザカート帝国軍の行軍を阻害し、あるポイントへと誘導するために奔走していた。


 『急先鋒きゅうせんぽう』の異名を持つ女騎士エリア・アイゼンガルドが率いる蒼華騎士団そうかきしだん赤火隊しゃっかたいは、その攻撃力の高さと部隊の練度から他の部隊が誘導した敵を足止めする役割も担っていた。


「このままじゃジリ貧だな。さて、どうすっか」


 隊員の報告を聞いたエリアは判断に迷っていた。


 ダルバン部族連合軍がとった作戦はそれほど難しい作戦ではない。

 別れて進軍してくるザカート帝国軍を各個撃破する余力も時間も無いため、ただでさえ少ない兵力を分散させて敵軍を誘導し、一つにまとめてから対応する。


 誘導しているポイントは大軍が展開できず、どうしても戦列が伸びてしまう地点だ。ザカート軍もそれが分かっている為、多少の挑発や誘導では乗っては来ない。

 特に赤火隊が担当している部隊は、ザカート軍の中ではイルムガルトが率いる部隊に次いで精強な部隊だった。将帥の判断力も高く、赤火隊の力技で強引に進路を変える他なかった。


 なんとか規定の進路に誘導したが、他の部隊に合わせるために足止めが必要な状況だった。しかし、他の部隊からの報告は来ていない。予定していた時間を大幅に超えており、下手に交戦を続けると全滅する恐れもあった。


「……やっぱ、あいつにゃ無理だったか」


 自身と同じ蒼華騎士団に所属しているエーコ・トリスメギストスが率いる蒼氷隊そうひょうたいは信頼しているが、それ以外の部隊の力はわからない。

 特に、ザカート帝国随一の武将である『戦女神』イルムガルト・クラム率いる軍を止めると言った、ラングリーズ王国の勇者、俊彦のことが気にかかっていた。


 砂漠を横断するに当たり共に行動していた為、その力を疑うわけではない。俊彦の持つ神器の力は凄まじく、その力が一軍に匹敵することは間違いない。

 だが、砂漠の街で見せた心の弱さが気になっていた。軍議の際は吹っ切れた顔をしていたが、人間の心根はそう簡単には変わらない。


 大事な局面であの弱さを見せれば、全てが台無しになってしまう。グルガ帝国から来た金髪の若造が付いていたが、問題が起きた時に対処する力は無いだろう。


「隊長! あれを!」


 最悪の事態を想定して思考を巡らせていたエリアに、赤火隊の隊員が声をかける。


「信号、青、青、赤。作戦成功です!」


 空には伝令に使われる信号魔術が輝いていた。数と色の組み合わせで情報を伝える魔術は、イルムガルト・クラムの部隊を足止めすることに成功したと示していた。


「続けて上がってます。他部隊も応じて動くようです」


 空には多数の信号魔術が輝いていた。


「やりやがったか。よし、アタシ達も行くかね。信号魔術!」


 エリアの声に応じて、赤火隊の魔術要員が信号魔術を放つ。信号魔術を見届けたエリアは、敵軍に向かって単騎で駆けた。


「ちょ、隊長、なにしてるんですか!!」

「釣り針が抜けねーようにするだけだ。赤火隊は転進して撤退しとけ。あとで特大の魚と一緒に追いつくからよ!」


 唖然とする隊員を置いてエリアはどんどんと敵陣を割っていく。なるほど、一撃を与えてより引きつける作戦のようだ。


「って、そんな必要ないだろがーー!! 赤火隊転進! 隊長ほっといて逃げるよ!!」


 隊員の号令と共に赤火隊は進軍方向を変更して駆け出す。


「よしよし、それでいい。さあさあ、ザカートのもやし共!! 悔しかったらアタシに噛み付いてみなっ!!」


 必要以上にザカート帝国軍を挑発したエリアは、ギリギリで敵に追いつかれないスピードを維持して合流ポイントを目指して移動を始めた。



***

 大陸中央の平原地帯からダルバン砂漠へと抜けるには、途中にある山岳地帯を通る必要がある。東西に長く伸びた山岳地帯はそれほど険しくはないが、大軍が通れる路は少ない。

 ザカート帝国軍は山岳地帯にある幾つかのルートに分散して軍を進めていた。


 ダルバン部族連合軍は分散したザカート帝国軍の一部を誘導し、一つの隘路に誘い込んでいた。

 そこは大軍が通ることが可能だが、途中から戦列が伸びざるを得ない地形をしている。


「壮観だなぁ」


 高い山に囲まれた隘路を通るザカート帝国軍を高い岩山の上から眺めながら、ダルバン砂漠を拠点として活動する『飛天傭兵団』副団長のシゲン・アリム・ラシードは煙管を吹かしていた。


「その、のんびりしてていいんしょうか? どんどん通り過ぎていくんですけど……」


 フィアンマ公国の第一王女フィリア・コーウェンは、眼下を通り過ぎる敵軍をのんびりと見送っているシゲンの行動に不安を覚えていた。

 彼女は後学の為に、と従者の騎士であるジュラールに無理を言って、敢えて危険な前線に残っていた。


「あの眼鏡のお嬢ちゃんが動くまでは適当でいいぜ。な、じいさん」

「そうじゃなぁ。弁当でも喰うか」


 共に様子をみていたグルガ帝国の軍師ミハエル・ベルゲングリューンも、どこから持ってきたのか弁当箱を広げて食事を始めてしまった。


 フィリアは、味方の部隊が次々と駆け抜け本隊へと合流していく様を見て、大規模な戦闘がいつ始まるかと緊張を高めていた。

 しかし、作戦を指揮する立場にある二人の将は、味方が通り過ぎるのを見送り、敵軍すらも呑気に見送っている。


 ある程度の敵軍を集めて堅牢な陣を敷いている本隊とぶつけ、天秤の降臨を期待する策ではあるが、これほどの大軍が過ぎ去るのを見ると、不安になってくる。

 この隘路で少しでも敵軍を削ったほうがいいのではないだろうか。


「ちょっと多すぎじゃないですか、敵」

「まあ、多すぎるくらいじゃないと天秤は来てくれないからなぁ」


 不安を紛らわすために話をしようとしたが、相変わらず緊張感のない返事が帰ってくるだけであった。


「そんな不安にならなくても大丈夫だ。天秤が来なくてもどうにかなるさ。相手が普通の軍なら、ここでかなり足止めできるし、足止めさえできれば飛天の本隊が救援にくるだろうからな。てことで、合図がくるまではのんびりしよう」


 そう言ってシゲンは昼寝を始めてしまった。


「わしも眠くなってきたのぅ。お嬢ちゃんも、少し眠るとええ」


 弁当を平らげたミハエルも、横になる。


「これが歴戦の軍師かぁ。すぐ近くを敵軍が進んでるのに、寝れるなんて凄いなぁ」


 戦場に慣れていないフィリアは、二人の胆力の強さに感心していた。敵軍が登ってこれないだろうことは分かるが、この状況では流石に眠る事はできない。


 話し相手を失ったフィリアは、そろそろ交戦が始まるであろう本隊の方を何気なく見つめていた。


「……あれ?」


 空に信号魔術が上がっている。信号は罠を仕掛けている別働隊から上がる手はずだったので、方向が合わない。


「シゲンさん、ミハエルお爺様、なにか変です」

「ん、どした?」

「本隊からの信号魔術じゃな。赤、白……白……最悪の事態じゃな」


 本隊から上げられた信号魔術を見た三人の顔に緊張が走った。赤白白の信号が意味するのは――


「イルムガルト・クラムの……襲撃」