WEB小説

第42話/全70話

血を求める

 赤い衝撃が突き抜ける。

 衝撃は周囲にある岩肌を削り、直撃した岩山を粉砕した。


 俊彦は轟音と共に崩れ落ちる瓦礫に身を隠して、赤い衝撃を放った者から距離を取った。同じく、俊彦と行動を共にしていたグルガ帝国の騎士マルヴィン・ブッフバルトも、上手く身を隠しながら俊彦と合流した。


「マルヴィン、大丈夫?」

「なんとかな。てかアイツも懲りねぇな」


 マルヴィンの目線の先には異形の騎士が佇んでいた。

 手に持つ黒い剣は柄から赤い根っこのような物が生えだし、剣を持つ騎士の腕に絡みついている。黒い剣の中心に走る溝には赤い光が明滅しており、その光に併せて騎士に絡みつく根が、血管に血を流すように脈動していた。


「ああ、良い気分だ。勇者はどこだ? まだまだ腹は満たされていないぞ。さあ、その血を差し出せ」


 黒い剣の根が脈動するたびに、騎士の鎧は白から黒へと変色していく。根は騎士の手を伝い、肩口から首、頬まで伸びていた。


「魔剣に取り込まれてるのか?」


 俊彦は、昔に読んだ漫画で似たような状態があったことを思い出していた。漫画と現実は異なるだろうが、この世界はいわば漫画のような世界だ。

 俊彦が振るう聖剣ファラも意思を持って俊彦に力を貸してくれている。剣が意思を持って使い手を支配することも、十分にありえるだろう。


「いや、違う。魔剣が喰いきれない血の力を吸収して、自分の力にしているんだ」

「なんだよそれ。イルムガルトさんは吸血鬼なのか?」

吸血鬼ヴァンパイアか。魔剣の力を十全使いこなせば、そう表現してもいいかも知れねぇな」


 ザカート帝国の騎士、イルムガルト・クラムが手にする魔剣は、斬った相手の血を吸うことで力を増す。その力を持ち主に分け与えることも、持ち主から血の力を受けることもできる。


 魔剣の力を引き出す為には、魔剣が吸い上げた血の力を満たすことができる器が必要だ。

 器の無い者が魔剣の力を使えば狂い死にするか、魂が焼ききれて廃人となってしまう。


「おっかないね」

「だから魔剣なんだよ。でも、魔剣の力を使える器があれば――」

「ああ、そんなところに居たのか。まずはそっちの雑魚から糧にしよう」

 

 俊彦達を見つけたイルムガルトが瞬時に距離を詰めてくる。先の戦いの時よりも、明らかに速い。


「ご指名どうも」


 だが、マルヴィンは勢いを付けて斬りつけ.てきたイルムガルトの斬撃を、僅かに剣を合わせて受け流した。


「ほう、雑魚かと思えば中々やる。その黒鎧はグルガ帝国の将か。こんな場所にグルガの木っ端共がいるとは思わなかったぞ。余程、私達に遊ばれるのが好きなようだな。」

「言ってろ。グルガ帝国、黒狼騎士団上級騎士マルヴィン・ブッフバルトだ。ま、ここで死ぬあんたは覚える必要ねーよ」

「ふん、大口をたた――くぅっ!?」


 斬撃を受け流されて出来たイルムガルトの隙をついて、俊彦の強烈な蹴りが炸裂する。蹴りを受けたイルムガルトは鞠のように弾み、岩肌に激突した。


「一対一で戦うなんて綺麗事を言ってられないからね。マルヴィン、大丈夫?」

「帝国三将の地位にあるミハエル・ベルゲングリューンの護衛は伊達じゃねぇよ。今のイルムガルト相手なら、少しの時間ならなんとかなるさ」


 勇者とうまく連携すれば、足止めくらいはできそうだ。ならばこれからの算段を立てねばならない。

 イルムガルトがここにいるということは、彼女が率いていた五千の兵の足止めも考慮する必要がある。


「ラングリーズの勇者は清廉だと聞いたが、戦をよく分かってるじゃないか。戦いが楽しめそうだが、このままでは分が悪いな。どうやら、まだ血が足りないようだ」


 完全に不意をついた俊彦の蹴りを受けたにも関わらず、イルムガルトは無傷でダメージを受けた様子もない。魔剣の力で治癒したのか、それとも攻撃が効いていないのか。


 たったの数時間でかなりの力を得ているようだ。それだけ、魔剣が血を吸ったということだが、ダルバン部族連合の他部隊からはイルムガルトと遭遇したという連絡は来ていない。


 先程上げられた信号魔術でも、全部隊の生存が確認されている。


「さて、次はどうするか。む、あちらから軍気を感じるな」


 イルムガルトが発した『次』という言葉が引っかかる。やはり、ここに来る前に誰かの血を吸っている。


「ああ、なんだ。丁寧に集めてくれているのか。これは手間が減った」


 ダルバン部族連合が集めているのは、ザカート帝国の進軍部隊だ。自分が指揮を取れば、戦局を優位に立たせることができるということだろうか。

 イルムガルトの言動が、引っかかった。彼女が何を考えているのか、知る必要がある。


「おい、あんた。さっき引き連れてた五千はどうした」

「さて。他の部隊に手を出すと少々面倒だが、仕方在るまい。戦に犠牲はつきものだからな」


 マルヴィンの背を冷や汗が伝う。イルムガルトが率いていた兵は――


「おい!!」

「……また後で相手してやろう、グルガの騎士よ。我が同胞の血の力、とくと味あわせてやる」


 捨て台詞と共に、赤い剣閃を放つ。

 赤い剣閃は周囲の岩肌を砕き、イルムガルトを追おうとしていたマルヴィンと俊彦の足を止めた。


「……あいつの部隊は、餌だったってことかよ」


 マルヴィンの呟きを聞いた俊彦は、戦争の恐ろしさを実感していた。五千人もの人間を、生贄に捧げてまで領土が、聖女が欲しいのだろうか。


「追いかけよう。これ以上、人を死なせたくない」


 一度は彼女を止められたと思っていた。圧倒的な力を見せつけ、進路を塞ぎ、戦の趨勢を決めたと思っていた。


「ああ。信号魔術は……オレがやるよ。急ごう」


 自分の甘さが、五千もの犠牲を産んだのだろうか。走りながら空に向けて信号魔術を放ったマルヴィンが、悩みを見透かしたように声をかけてくる。


「気にすんな。ザカートがここまでクソだとは思って無かったぜ。止めるぞ」


 その言葉に無言で頷き返す。


 イルムガルトを追って、隘路を駆ける。


 日が沈み始めていた。

 夕日の朱が空と大地を染め、世界を夜へと誘う。


 合流ポイントまでは、あと少し。


 黄昏の朱と夜の黒の間で、生ぬるく鉄臭い匂いが漂っていた。