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第44話/全70話

逃げてはならない

 不意を打って放たれた聖剣の光は、イルムガルトを飲み込んだ。

 城や砦を吹き飛ばす程の光。普通の人間が直撃すれば塵すら残さず消え去る。


 イルムガルトを追ってきた俊彦は、エリアと対峙するイルムガルトの異様を見て息を呑んだ。その感覚は、あの時の――王城で災禍の魔神ガルン・アハマトマと対峙した時のような、絶対の死を感じさせた恐怖に似ていた。


 その恐怖からか、マルヴィンの指示で聖剣を振り抜いた時に、全力で振り抜いてしまった。瞬間、しまった、という焦りが湧いてくる。


 魔剣によって強化されているとはいえ、この光の直撃を受けて無事なはずがない。

 すでに聖剣の光は放たれていた。取り返しはつかない。


 聖剣の光が集束していく。

 光が通った跡には、なにも残っていなかった。


 剣を握る手が汗ばみ、動悸が激しくなる。


――人を、殺した


 直接斬った訳ではない。しかし、光が直撃した手応えはあった。頭が混乱して、視界がぼやけていく。


「ハッハッ――」


 呼吸がままならず、顔をあげることもできない。俊彦は膝を折り、地面に手をついてうなだれた。


「ああ、これもおいしそうだ」


 狂気を帯びた女の声が聞こえた気がした。しかし混乱した俊彦は、その言葉が理解できなかった。

 俊彦の目の前で黒く染まった女騎士が魔剣を振りかぶる。


「トシヒコッ!!」


 異変に気づいたマルヴィンが声を張りげるが、俊彦には届かない。


「クソっ…バケモンめ!」


 肩に担いだエリアを放り投げて俊彦の元へ全力で走る。イルムガルトは今にも魔剣を振り下ろしそうだった。

 諦めるわけにはいかない。届くはずもない手を必死になって伸ばした。


 間に合わない、とマルヴィンが唇を噛み締めたと同時に、イルムガルトの身体が不自然に跳ねた。


 頭が跳ね上がり、魔剣を持つ手が弾かれる。

 何かが当たる音と共に、イルムガルトの身体が壊れた操り人形のように跳ね続けている。


「なにが……いや、今のうちに!」


 誰かがイルムガルトを足止めしてくれている。この隙に異変を起こしている俊彦をイルムガルトから引き離さなければならない。

 マルヴィンは身をかがめて俊彦へと近づき、その身体を抱えて急いでその場を離れた。


「こっちです」


 少し先の岩場で、青髪の少女が手招きをしている。信号を見た援軍が駆けつけてくれたようだ。


「急いでください!」


 青髪の少女、フィリアが焦ったような声を上げる。後ろから感じる威圧感が増していた。

 後ろを振り向かずにフィリアの元へと走る。


「いただきます」

「させない!!」

 

 声はもう間近に迫っていた。それでもマルヴィンは振り返らずに、少女の、フィリアの横を駆け抜けた。

 それを確認したフィリアは、手に持つ斧槍ハルバードを地に突き立てて掌をイルムガルトへと向けた。


護神壁ディバインウォール!!」


 フィリアが言霊を紡ぐと、四枚の光り輝く大盾がイルムガルトを囲むように現れた。

 魔剣の力は光り輝く大盾と相性が悪いようで、うまくイルムガルトの動きを封じているようだ。


「今のうちに退がりましょう」

やるなぁ、姫さん。護神壁ディバインウォールをあんな風に使うのは、初めて見たぜ」

「単なる思いつきですが、うまくいきました。あちらでトリスメギストス様が待ってます。行きましょう」

「……フィアンマは弱兵しか居ないって聞いてたが、上位聖騎士しか扱えないような術を同時に四枚か。『銀閃華』の爺さんもいて、あの喰えない大公もいる。侮れねぇな、こりゃ」


本来ならば仲間を守護するための上級聖魔術である護神壁ディバインウォールを、魔剣の力を封じる為に行使した。若く、戦いの才能がある王族と老練な将。そして閉鎖的と言われていたフィアンマにあって、ダルバン砂漠の傭兵と知己を持つ大公。

 マルヴィンはフィアンマ公国に対する評価を改めた。ここで出会ったのも縁である。戦いを切り抜けたら、友誼を結ぶのも悪くはない。


 考え事をしながら走っていると、入り組んだ岩場の影に騎士の一団が潜んでいるのが見えた。

 全員が同じ印を結び、何かの呪文を詠唱している。


「放て」


 号令と共に大魔術が発動した。

 空に描かれた巨大な魔法陣から氷の巨槍が射出される。

 氷の巨槍は聖魔術で動きを封じられているイルムガルトを巻き込み、周囲を氷漬けにした。


「合唱魔術、氷槍蓋世グラスロワ……ミハエル様から聞いてたが、この局面で使うかよ」


 準備に多大な時間を擁する合唱魔術を標的に当てる手際は見事だった。普通の軍が相手ならば、これで勝敗が決してもおかしくはない。


「勇者殿には期待できないようですね。次の策に移るしかありませんか」


 マルヴィンに担がれた俊彦を見留たエーコが、俊彦の様子を見て素早く判断を下していた。


「ブッフバルト殿は勇者殿を伴って後方へ。フィリア殿下、彼らの案内を」

「あんたはどうするんだ?」

「アレを止めます」

「急先鋒でも歯が立たない相手だぞ? あんたで勝負になんのか?」

「先鋒より軍師が弱いと、誰が決めましたか? それに、私だけで相手する訳ではありません。では、時間も無いので」


 エーコは鞭を一振りしてイルムガルトの元へと向かった。その動きに隙は無く、彼女自身が言うように弱くはないようだ。


「マルヴィンさん、私達も行きましょう」

「そうだな」

「待って……くれ」


 マルヴィンに背負われていた俊彦が、うめくように呟いた。先導しようと歩きだしていたフィリアは足を止めて俊彦の顔を伺う。


「ひどい顔ですよ。早く安全な場所に退がって休んだ方がいいです」

「それじゃ……ダメ、なんだ」

 

 先程より、幾分しっかりとした声で返事をした俊彦だが、その顔はまだ青ざめたままだ。


「下ろしてくれ、マルヴィン」

「……行くのか?」

「ああ。迷惑かけたね。ごめん」

「行くって、そんな状態でどこに行くつもりですか? フラフラじゃないですか!」


 俊彦はマルヴィンに肩を借りてやっと立っている状態だった。おそらくは戦いに向かうつもりなのだろうが、このような状態であの騎士と戦えるはずがない。


「駄目です。俊彦さんは私と一緒に後方へ行きます」

「それじゃ、ダメなんだ」

「そんな身体で戦いに向かうのが間違いですよ。古来より彼を知り己を知れば、といいます。今の俊彦さんは、己を理解していません」

「理解しているよ。それでも戦わなければならない」

「わかりません……どうしてそこまでして戦う必要があるんですか」

「それは、オレが勇者だからだ。止めると決めた。護ると決めた」

「な……そんなこと……」

 

 顔色は依然悪いままだ。それでも、その目には決意の光が宿っていた。


「行かせてやれって。男にゃ、逃げちゃいけない時ってのがある」

「……それは、命を懸けてでもやらないといけないことですか?」

「そうだ。そこで逃げたら、そいつは死ぬんだ。身体じゃなくて、そいつの中の漢がな」

「……。マルヴィンさんが言っている意味はイマイチわかりませんが……そうですね、私も逃げちゃダメな時があるっていうのはわかります」


 俊彦の決意を肯定する言葉を返しながらも、フィリアは不安そうな顔をしていた。

 

「……効くかはわかりませんが――聖浄光クリアブラッド


 フィリアが身体の異常を治癒する魔術を唱えると、一瞬だけ俊彦の身体が淡く発光した。


「随分身体が軽くなったよ。これなら、十分戦える。ありがとう」

「無理をしては、ダメですよ」


 浄化の魔術で顔色がマシにはなったが、調子はそれほど良いようには見えない。


「ま、心配すんなって。この大天才、マルヴィン・ブッフバルト様がついてんだ。負けるわけがねぇ!」

「「余計心配だ!」」


 先の戦いでマルヴィンにノセられてひどい目にあった蒼華騎士団、蒼氷隊の面々が抗議の声を上げた。その様子を見て、俊彦は顔を綻ばせる。

 

「それじゃ、オレは行くよ」

「おう。支援は任せろ。頼むぜ、勇者」

「ああ。戦いを終わらせてくる」


 聖剣を手に、勇者は再び戦場へと向かった。


「そうだ。勇者はやっぱそうじゃなきゃな」


 見送る者達が、その背中に期待の眼差しを向ける。

 マルヴィンはそれ見て満足そうに頷き、残った面々に向けて声をかけた。


「ところで皆、手柄は欲しくねぇか?」