WEB小説

第45話/全70話

軍師の戦い

「こりゃまた面倒なことになったなぁ」


 高台の上で魔銃を構えながら、シゲンは独り言を零した。

 シゲンが狙撃のために陣取った場所から五百メートル程離れた場所で、黒く染まった戦女神と勇者達が激しい戦いを繰り広げている。


 夜の暗闇の中に、様々な色の光が明滅していた。

 魔剣が放つ黒。聖剣が放つ白。そして、各国の英雄が放つ赤や青、緑色の闘気の光。


 ザカート帝国とダルバン部族連合との戦争は、すでに兵と兵がぶつかり合う戦ではなくなっていた。


 一人の規格外の騎士を相手に、勇者と数人の豪傑が戦う局地戦。

 傭兵術と策を手に戦う軍師の出る幕ではなかった。


「なのに、あの二人はよくもまぁ、前線で身体張れるもんだ」


 共に策を練り、戦を導いてきたミハエルとエーコは直接イルムガルトと戦っていた。軍師でありながら前線でも十分に戦える二人を羨ましく――思わないが。


 かくいうシゲンも、魔銃での狙撃による援護を続けていた。

 狙いをつけて引き金を引くと、遠くでイルムガルトの頭が跳ねるのが見えた。


「これでも撃ち抜くのは無理か。っと、ここもやばいな」


 正確に眉間を撃ち抜いたにもかかわらず、イルムガルトは即座に体勢を整え、狙撃したシゲンを狙って赤黒い剣閃を飛ばしてきた。

 

 次の狙撃ポイントへと移動しながら、シゲンはあの黒い戦女神を倒す方法を思案する。


 シゲンの放つ魔銃の威力は凄まじい。独自の魔術理論によって構築された魔弾は、貫通力だけでいえば勇者が放つ聖剣の光と遜色がない威力を発揮する。その魔弾を身体に受けて、少し仰け反る程度のダメージしか与えられないとなれば、あの黒い戦女神を倒すのは難しいと言わざるをえない。


 ダルバン部族連合に集まった手練が全員で対峙して、足止めが限界。そうなれば――


「ん、ありゃあ……」


 考え事をしながら移動していると、イルムガルトから隠れるように隘路へと移動する一団が見えた。青髪の少女フィリア・コーウェンが先導しているようだ。


「なるほどなぁ。その手もありか。にしても……」


 蒼華騎士団蒼氷隊を率いるフィリアの姿が妙にしっくりときた。まだ少女と呼べる年齢だが、見事に隊を仕切っているように見える。


「将器ってやつだな。将来が楽しみだ」


 若者が輝き始める瞬間は、確かにある。それを見るのは、長く戦場に生きるシゲンの密かな楽しみの一つだった。

 次世代を担う者達が輝き始めている。勇者も、王女も、それ意外でも多くの若者がこれから輝くだろう。


「なら、その未来を見るためにも、こんなつまらん戦は早く終わらせるに限る」

 

 シゲンは手に持った魔銃に追加の術式を書き込んでいく。周囲のマナを強制的に転換して魔弾の威力を上げ、性質を変化させる術式だ。


「さて、あとは運次第ってとこだが……やるかね」


 魔銃に書き込んだ術式を解放する。景色を歪ませるほどに膨大な量のマナが魔銃へと集まっていく。

 急激に高まったマナに反応して、遠くで戦いを行っていた者達が弾かれたようにシゲンのいる高台を見上げた。


「おっと、流石にバレたか」


 本能的に危険を察知したのか、イルムガルトは俊彦達を無視してシゲンがいる高台に向けて疾駆し始めた。

 魔剣によって強化されたイルムガルトが、一瞬でシゲンとの距離を詰めてくる。


 魔銃に集束した膨大なマナごと斬り裂こうと、魔剣に気を漲らせて迫るイルムガルトを前にしながら、シゲンは余裕の笑みを崩さずにゆっくりと照準を合わせた。


 二人の距離は殆どない。マナの充填は未だ続いている。美味そうな餌を前にイルムガルトの口は釣り上がり、魔剣から噴出する禍々しい気が荒ぶる。

 

「いただきます」


 イルムガルトが高台に向けて大きく跳躍した。それでもシゲンは余裕の表情を崩さず、イルムガルトに照準を合わせたまま魔銃へとマナを集めている。


「策を巡らせるだけが軍師の仕事じゃねぇんだな」


 ふいに、跳躍したイルムガルトが空中で静止した。


「運も、一つ」


 イルムガルトを空中に留めているのは、淡く緑色に輝く半透明の蔦。

 巨大な砦をも絡め取ることができる、エルフの英雄が放つ奥義の力だ。複数に分かれた戦場の支援に走り回っていたイクフェスが、タイミングよくこの戦場にもきてくれたようだ。


「使える駒を用意しておくことも、一つ。そして、それが自分であっても、上手く使うことだ」


 魔銃に集められた膨大なマナを圧縮し、魔弾へと変える。シゲンは生成された魔弾に自らの魔力を乗せて、引き金を引いた。


 魔銃から魔弾が放たれた。

 射出された魔弾は螺旋を描くように、周囲にあるマナや大気を集めて渦巻きながら、イクフェスによって生み出された半透明の蔦に絡み取られて身動きが取れないイルムガルトへと迫った。


「この程度……っ!!」


 魔剣に多くの血を吸わせてから、正気を失ったような様子だったイルムガルトが感情を顕にする。身体に絡んだ蔦を強引に引き千切り、迫る魔弾に向けて力任せに魔剣を振るった。


 魔剣と魔弾がぶつかり合い、閃光を撒き散らす。その様子を確認したシゲンがにやりと笑った。


 ぶつかり合った魔剣と魔弾は、少しの間拮抗していたが、やがて魔弾がイルムガルトの剣を押し始める。渦巻く魔弾はイルムガルトの魔剣の力すらも、巻き込んで膨れ上がっていた。


「こういうのが戦局をかえる。覚えとくと良い」


 シゲンの声と共に、膨れ上がった魔弾に押し切られたイルムガルトが、彼方へと吹き飛んだ。


「これで多少は時間が稼げたかな。後は、天秤が降りるかどうかだが……俺ができるのはここまでだな」


 戦場を超えて吹き飛んでいったイルムガルトを見たシゲンは、その場に腰を下ろして煙管をくわえた。

 眼下に駆け寄ってくる勇者達を見ながら煙草に火を付け、ゆっくりと煙を吸い込む。


 シゲンが扱える最強の魔弾をくれてやったが、さほど効いてはいないだろう。うまく吹き飛ばすことができたが、フィリア達が戦闘を開始すれば、血の匂いにつられてすぐに戻ってきそうだった。


 魔弾を放とうとしたシゲンを狙って動くイルムガルトを、勇者達は止めることはできなかった。イルムガルトの強さは既に手に負えない状況だ。アレを止めるには、もう天秤に期待するしかない。


 天秤が降りる明確な基準は無いが、多数の死者が出ているこの状況で、新たな戦端が開かれれば可能性は低くない。

 シゲンの勘も、近く天秤が降りる気配を感じていた。


「ま、なんにしても、後は運任せっと」


 煙管を咥えたまま寝転がって空を見上げた。


 夜明けは、まだ遠い。