WEB小説

第46話/全70話

静かなる決意

 フィアンマ公国公女、フィリア・コーウェンは必死に頭を働かせていた。次はどう動けばいいのか、何か間違えていないか、不安ばかりが思考を占領している。


――ところで皆、手柄は欲しくねぇか?


 現在、フィリアはグルガ帝国の軍師であるミハエル・ベルゲングリューンの従者、マルヴィン・ブッフバルトに持ちかけられた策に乗った形で動いている。


 マルヴィンからの献策に対して、蒼華騎士団蒼氷隊の一部が露骨に嫌な顔をした。過去に何かあったようだが、フィリア自身も同じことを考えていた為、マルヴィンの提案を後押ししてしまった。


 結果、何故かフィリアが蒼華騎士団の一隊を指揮することとなり、現在に至る。


 ダルバン砂漠をまとめ上げる飛天傭兵団と共に、砂漠を観光しながら次代の聖女を迎えに行くだけの簡単な旅のはずだった。後学の為にと、フィリアが同行することを許されたのも、安全が確保されていたからだ。

 叔父である大公のグラント・コーウェンも、近衛騎士団長であるジュラール・ガミラスも、戦闘に巻き込まれるとは思ってもいなかったはずだ。


 フィリアは幼い頃から『銀閃華ぎんせんか』の異名を持つフィアンマ随一の騎士、ジュラール・ガミラスに憧れ、武芸や軍略について教わっていた。

 戦から縁遠いフィアンマにあって、王族で、しかも女であるフィリアが武芸に傾倒することを、他の王族や諸侯からは馬鹿にしたような目で見られていた。

 それでも、フィリアは世界が魔王軍の侵略にさらされている中、安全な場所で何もしないでいることはできなかった。


「……大丈夫」


 天秤を降ろす。

 それは自分の役目だ。天秤の加護を持つファティマ聖王国の血脈である、フィアンマ公国の公女、フィリア・コーウェンの役目。

 

「敵部隊きます!」


 来た。ここが正念場だ。


「全隊進軍止め! 半数は詠唱待機! 前衛盾持て!」


 フィリアの指示に従って蒼華騎士団蒼氷隊が敵を迎え撃つ為に堅陣を構築する。蒼氷隊は攻めに特化した赤火隊、守りに特化した堅地隊と異なり、蒼華騎士団の中でも汎用性の高い部隊だ。その分、運用も難しい。

 指揮に関しては、各小隊を預かる小隊長の助けもあって問題は無い。部隊の動きに関しては、フィリアの決断に委ねられる形だ。事前に、隊長であるエーコからそう告げられていたらしい。


「敵、距離二百!」


 ザカート帝国軍が目と鼻の先まで迫っていた。シゲン達の策略によって、兵力が結集している帝国軍は、イルムガルトの生贄となって大きく数を減らしていたが、それでもここに展開している蒼氷隊の十倍以上。大軍が展開出来ない地形を選んで進軍してきたが、采配を間違えれば大軍に飲まれてしまうだろう。


「魔術放て!」


 フィリアの号令で敵軍に向けて魔術が放たれる。無数に放たれた風の礫が、敵の先陣を打ち付けて勢いを弱らせる。


「敵、距離百切りました! 矢が来ます。フィリア殿下、後方へお下がりください」


 蒼氷隊隊員がフィリアに後方へと下がるよう進言する。他国の王族であり、指揮官でもあるフィリアがこのような場所で先陣に立つ必要はない。当然の進言だった。


「前衛、盾構え! ここで敵を押し留める!」

「殿下!?」

「大丈夫、大丈夫……誰も、死なない」


 蒼氷隊員が進言した通り、敵軍から雨のように矢が射掛けられた。暗い夜の闇にあって、月光を遮る程の無数の矢を睨みながら、フィリアは一人静かに呟く。


静かなる決意ヴォルティス・フィオーレ


 フィリアが手に持つ斧槍ハルバードを掲げると、そこを中心として白い花弁が舞った。

 花弁は嵐のように吹き荒れ、夜空を覆う程に射掛けられた矢を払っていく。


「私が、誰も死なせない!」


 天へと掲げた斧槍ハルバードを敵軍に向けて振るう。射掛けられた矢を払った花弁が、壁となって蒼氷隊の前衛を守った。


「押し返せ!!」


 敵先陣を押し返して、敵軍の勢いを完全に止めた。この様子ならば、蒼氷隊に被害は無いだろう。

 ザカート帝国軍は初撃をいなされて陣形が崩れ、完全に浮足立っている。


 初手は上手くいった。ここからどう動くかで、生死が別れる。


「良い感じで敵の勢いを削ぐことができましたね! 後は堅陣を組んで天秤の降臨を――」

「それじゃ、ダメだ」


 ここで止まっては駄目だ。戦場の一点に留まり続けるには、かなりの力が必要になる。蒼氷隊は汎用性の高い部隊だが、守備に特化した部隊ではない。

 

「魔術部隊、支援準備! 前衛槍構え!」


 素早く判断して指示を飛ばす。押して退く。常に動き続けなければ、大軍の圧力に押しつぶされて終わりだ。

 機を逃す訳にはいかない。


「この機に押せるだけ押す!! 敵を蹴散らして前へ進め!!」


 フィリアの号令に呼応して、前衛が敵に向けて槍を振るう。


 喚声と剣戟が鳴り響く中、フィリアは目の前の敵に向けて斧槍ハルバードを振るった。