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第47話/全70話

天秤

 蒼氷隊とザカート帝国軍の戦いは続いていた。

 フィリアの采配によってなんとか戦線を保ってはいたが、度重なる敵の攻撃によって蒼氷隊はその数を徐々に減らしていた。


「これ以上は無理です! 殿しんがりは私が! フィリア殿下は撤退を!」


 蒼氷隊の小隊長を務めるティア・エイヴリングは前線に立って戦い続けるフィリアに進言した。一時は敵の動きを上手く掴み、攻勢に出ることも出来たが先程から後退を余儀なくされている。

 このまま戦い続ければ、そう時間もかからず隊は瓦解するだろう。それはフィリアにも分かっているはずだ。


「まだ! 退くにしても機は来ていないわ! 力を振り絞って!!」


 フィリアの言うことも分かる。敵軍が勢いついてきている今の状態で撤退するのは危険だ。しかし、このままここで押し留まるのは、兵の士気を考えても限界が近い。


「……天秤は、まだなの!」


 目の前に迫る敵を斬り伏せ、残り少ない魔力を使って後ろから迫る敵を魔術で吹き飛ばす。息を整えながら未だ暗い空を見上げる。

 天秤が降りる兆しは見えない。


「ん? あれは……?」


 フィリア率いる蒼氷隊が戦っている場所は、周りを高い岩山に囲まれた場所だ。ふと見上げた岩山に何かが見えた気がした。


「殿下、あそこ……」


 ティアは傍らで斧槍ハルバードを杖のようにして息を整えているフィリアに声をかける。フィリアは額の汗を拭ってから、ティアが指差す岩山を見た。


「……来た」


 フィリアが目を向けると同時に、岩山から小さな影が飛ぶのが見えた。それを確認したフィリアは疲れた身体を無理やり動かし、敵軍に向けて駆け出した。


「全軍私に続け!!」

「うええ!? いきなりどうし――」

 

 突然走り出したフィリアを追いかけようとしたティアは、敵軍の中央に何かが落ちたのを見た。そして、ほとんど垂直の岩肌を逆落しに駆け下りる軍が目に入る。


「赤火隊!? なんでここに……いや、呆けてる場合じゃなかった! フィリア殿下ーー!」


 敵軍の中央に飛び降りた小さな騎士が、その身に合わない大剣を振り回して周囲の敵を蹴散らし、逆落しをかけた赤火隊が敵の陣形を断ち割った。

 赤火隊の奇襲によって動揺するザカートに対し、蒼氷隊が突撃をかける。


 さらに追い討ちをかけるように、新たな部隊が現れた。


「遅れてすまない。だが、我々が来たからにはもう大丈夫だ! 飛天の勇者達よ!! 卑劣なるザカート帝国を引き裂け!!」


 部隊に号令を発した狼型の獣人エンセイ・グラッドがフィリアの横を駆け抜けていく。エンセイ率いる飛天傭兵団の追撃によって押し寄せていた敵の先陣は完全に崩れた。


 そのままの勢いで、奇襲をかけた赤火隊と追撃をかけた飛天傭兵団が合流してザカート軍の第二陣と激しい戦闘を始める。


「助かりましたね」

「ええ……エリアさんが一人だったし、敵にやられたにしてはエンセイさんの部隊が一人も合流しなかったから、戦いが始まれば援軍に来てくれるかもって思ってたんですが……来てくれて本当によかったです」


 援軍が来たことによって、戦況は五分以上の状態に戻った。寡兵で大軍を相手に終わりの見えない消耗戦を強いられていた蒼氷隊は疲弊しきっている。

 最前線で隊を鼓舞し続けていたフィリアも、疲労の極みにあった。


「これで、少しは休めそうですね」


 安堵の息と共に身体から力が抜けていく。今すぐ眠ってしまいたい衝動に駆られたが、隊をまとめて安全な場所に退くまでは気を抜くわけにはいかない。


 斧槍ハルバードを握る手に力を入れて、気をしっかりと持つ。フィリアは傍らに立つティアに声をかけようとして――その気配に気づいた。


護壁ウォール!!」


 禍々しい気配を感じたフィリアは、とっさに無詠唱で防御魔術を発動し、ティアを抱えてその場から飛び退いた。

 ガリガリと歪な音を響かせて、展開した防御魔術を削りながら赤黒い剣閃が突き抜ける。


「ああ、ここは餌が多いな。これだけ食べれば、誰にも負けない」

 

 全身を黒く染め上げたイルムガルト・クラムが嗤っている。


 シゲンの魔弾によってかなりの距離を飛ばされたはずだ。勇者達の足止めはどうした。先程よりも力が増しているのは何故だ。突然の出来事にフィリアは混乱する。


「まずは、こっちから」


 イルムガルトの黒く染まった双眸がフィリア達の方へ向く。

 なんとか初撃を回避することができたフィリア達だが、イルムガルトの黒い双眸に睨まれて身動きが取れなくなった。

 

 歴戦の騎士である『急先鋒』エリア・アイゼンガルドですら萎縮させた異様な気。疲弊しきったフィリア達には、それをはねのける力は残されていない。


 死が近づいてきていた。

 腕に抱くティアは、身体を震わせて涙を流している。


「大丈夫ですよ。私達は、死なない」


 死の気配を振りまくイルムガルトを前にして、フィリアはその威圧から解き放たれるのを感じていた。

 

「どれ、一つ技を見せてやろう」


 無防備に歩くイルムガルトの前に、黒い大剣が突き刺さった。不意に現れた大剣に、イルムガルトが怪訝な表情を浮かべる。


「よう頑張った。後はワシらに任せい」


 音もなく、フィリア達の前に大きな背中が現れた。黒い鎧に身を包んだ白髪の老人――グルガ帝国の将『八咫烏やたがらす』ミハエル・ベルゲングリューンは、ゆっくりとした動作で地面から抜きはなった大剣を振るった。


死嵐呼ぶ烏ラーベ・トロンベ。老いたとはいえ、まだまだ耄碌もうろくはしておらんよ」


 静かに放たれた言葉と共に、イルムガルトの足元が大きく爆ぜた。

 砕けた大地と共にイルムガルトが宙に舞う。しかし、イルムガルトはすぐに体勢を整えて魔剣を構えた。


「いくぜ、トシヒコ! 合わせろよ」

「ああ! 力を合わせれば、怖いものなんてない!」


 ミハエルの奥義に合わせるように、崖から飛び降りた俊彦とマルヴィンが闘気を纏った剣を振り下ろした。

 二人が放った闘気の光は混ざり合い、形を為して巨大な剣となってイルムガルトごと大地を貫いた。


「神剣招来――!」

「ふむ。極限にあって達人の奥義が連携した際に、まれに現れる神剣じゃな。アレを食らえば流石の戦女神もただではすまんじゃろ」


 巨大な闘気に呼応して現れるとも、武人達の戦いを好む戦神アーガイアの贈り物とも言われる神剣。

 絶大な威力を誇る達人や英雄達の奥義をも凌ぐ力を持つ神剣は、戦いの終わりを示すように大地に突き立っている。


「気を抜くにはまだ早い。アレで倒せるようなら、すでに我らが勝利しています」

「多少は動きを止めれんじゃねぇか。さて、次はどうすっか」

 

 俊彦達と共にイルムガルトと交戦していたエリアとエーコも合流してきた。二人は未だイルムガルトを倒しきれていないと思っているようだ。


 それを証明するにように、大地に突き立つ神剣に罅が入り始める。


「チッ……やっぱ無理だったか。エーコ!」

「ここで戦うのは不味いですね。魔剣の糧が多すぎます。天秤は?」


 神剣の罅割れは徐々に大きくなり、今にも砕けてしまいそうだ。エーコはその様子を眺めながら、後ろに座り込んでいるフィリア達に問いかけた。


「……残念ながら、天秤の降臨は――」

「いえ、来ました。アレを!」


 フィリアが指差した、南の空から輝く流星が飛来して弾けた。

 弾けた光は夜空に巨大な紋を刻む。


「……これで、戦いが終わる」