WEB小説

第48話/全70話

双天並び立たず

 暗い夜空に描かれる巨大な紋章。

 天秤の騎士の降臨が成される時は、降臨する天秤の騎士に応じた星座の紋章が空に描かれる。


天秤ライブラの紋じゃな。『両天秤りょうてんびん』アストリア・ブラギウム……あやつが降りるか」


 ミハエルは空に描かれた天秤ライブラの紋を睨む。天秤の騎士において、天秤ライブラの座は特別な意味を持つ。


 世界の秩序を保つ為に、世界の意思によって選定された騎士達。

 その騎士をまとめ、導く役割を担うのが天秤ライブラの座にある騎士の役目である。


 その力は絶大。決断は苛烈。彼の者が降臨すれば、世界の天秤は必ず均衡を保つ事となる。


「さて、どうしたもんかのぅ」

「……ファティマの血統を継ぐフィアンマの公女がいますし、如何に天秤ライブラの座に就く者といえど、そこまで苛烈な対応はしないのでは?」

「だと、いいんじゃがな」


 戦場にいる者達は、天秤の降臨に戦いの終わりを感じて安堵していた。数多の戦場を経験している蒼華騎士団も、飛天傭兵団の者達も、ザカート帝国軍ですら戦いを止め、どこか気が抜けたような表情で夜空に輝く天秤ライブラの紋を眺めている。


 罅割れ始めていた神剣も、天秤の降臨を待つようにその動きを止めていた。


 戦いの手を止めた者達が固唾を呑んで見守る中、空に描かれた天秤ライブラの紋章が強い輝きを放つ。輝きは紋章の中心へと集まり、やがて人の形になった。


 現れたのは一人の騎士。

 白に黄金の装飾が施された騎士鎧に身を包み、黄金色の輝きを放つ天秤の装飾が施された大剣を手にしている。

 その姿は神々しく輝き、圧倒的な力を感じさせた。


「そこか」


 風にたなびく黒髪から覗く騎士の黒瞳が、戦場に突き立つ罅の入った巨大な神剣を睨みつけた。

 

「アハハハ! 喰らってやる、喰らってやるぞ! アストリア・ブラギウム!!」


 天秤の騎士アストリア・ブラギウムの降臨を待っていたように、罅割れた神剣を砕いて黒い影が飛び出した。


「魔剣に魅入られた愚か者か」


 黒く禍々しい気を放ちながら迫るイルムガルトを一瞥して、アストリアは手にした大剣を足元の虚空に突き立てるような仕草をした。


正義の天秤ジャッジメントスケイル


 突き立てた剣に呼応するように迫るイルムガルトの真横から光の柱が現れる。

 光に飲まれたイルムガルトが吹き飛ばされ、岩山に激突した。


 砕けた岩肌に半ばまで埋まっているイルムガルトの身体から、先程まで噴き出していた禍々しい気が消えていた。死んではいないようだが、戦闘を継続するのは難しい状態に見えた。


「これが、天秤の力……」


 天秤の騎士の力を目の当たりにした俊彦は、そのあまりにも強大な力に驚愕した。

 聖剣の光でも、連携奥義による神剣の一撃でも倒すことができなかったイルムガルトを、殆ど動きもせずに一撃で戦闘不能にしたあの力。


 勇者は、天秤にも匹敵する力を持つと言われていたが、あの力に太刀打ちできるとは思えない。


 しかし――


「天秤筆頭、両天秤りょうてんびんアストリア・ブラギウム……流石だな。アレを一撃で沈めるかよ」

「ザカート帝国軍も完全に戦意を喪失していますね。これで、この戦も終わりですか。兵を退かせる準備をしないといけませんね」


 動かなくなったイルムガルトと戦意を喪失したザカート帝国軍を確認したエリアとエーコが、安心したように言葉を交わしていた。


「まだだ……」


 仲間達の間に弛緩した空気が流れる中、俊彦は一人聖剣を握る手に力を込めた。

 まだ、空に立つ天秤の騎士は、戦いの気を解いてはいない。


「……」


 空から無言で戦場を見渡すアストリアの目は、イルムガルトを屠った時と同じ、冷たい光を放ちながら戦場を見渡していた。


「我が力は天の意思!!」


 天に立つ騎士が声を上げた。その声に周りの者達が空を見上げる。


「世界の天秤を傾ける、愚かな者達を許すことは出来ない」


 アストリアが剣を掲げると、空から幾つもの光の柱が現れて地上を照らした。


「消え去れ」


―双天並び立たずグランド・ロウ


 アストリアの剣が振り下ろされると共に、戦場に光の瀑布が降り注いだ。